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伊藤かおり

活動報告

100歳以上高齢者数 山形県内495名

平成23年9月15日までに満100歳以上になられた方は、山形県内では495人(男性58人、女性437人)。そして白寿を迎える方(数え99歳、大正2年生まれ)は、県内に479人(男性85人、女性394人)いらっしゃいます。

「県100歳以上の高齢者数」(参考:山形県資料)

関連:100歳以上高齢者数年次推移(厚生労働省データ)

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小雨がしっとりと降る中、本日は南山形地区社会福祉協議会主催の長寿を祝う会へ出席してまいりました。200名を越す高齢者の方々にお集まりいただき、市より、米寿・金婚ご夫妻への賀詞記念品贈呈、地区社会福祉協議会よりお祝い品の贈呈があり、南山形小学校の柴田美玖さんから参加された皆様方へお祝いと励ましのメッセージが読まれ涙ぐむ参加者もいらっしゃいました。

私の住む南山形地区では今年、米寿を迎えられた方が45名。金婚式を迎えられた方は29組、そしてなんと100歳を迎えられた方は6名もいらっしゃいます。

先に発表された厚生労働省資料(本年度中に100歳以上になられる高齢者(表彰対象者)24,952人)によりますと、100歳以上高齢者数は年々急速に増え、日本全国で4万7,756人にのぼり、老人福祉法が制定された昭和38年には全国で153人でしたが、昭和56年には1千人、平成10年には1万人を超え、平成21年には4万人を突破し、本年は47,756人(前年比+3,307人)とのこと。 ちなみに、47,756人のうち、女性が全体の約87.1%を占め41,594人となっています。

日本人の平均寿命は、男性78.56歳、女性85.52歳(国内最高齢114歳)

推計によれば・・・2050年には2.5人に1人が65歳以上になる超高齢化社会を迎えることになります。

ところで、話は変わりますが、昔、江戸時代に生きた蘭学者杉田玄白は83歳のときに「養生七不可」というものを書き表しました。医師として医学研究に励んだ50年間の振り返りと古希のお祝いとして書いたもの。健康を保つためのべからず7か条です。

  • 一、昨日の非は恨悔すべからず。(昨日の失敗は後悔するな)
  • 一、明日の是は慮念すべからず。(明日の心配事に思いわずらうな)
  • 一、飲と食とは度を過すべからず。(飲食は度を過すな)
  • 一、正物に非れば筍(いや)しくも食すべからず。(悪いものは食べるな)
  • 一、事なき時は薬を服すべからず。(病気でないときは薬を飲むな)
  • 一、壮実を頼んで房を過すべからず。(元気であるからといって女性と接しすぎるな)
  • 一、動作を勤めて安を好むべからず。(つとめて体を動かせ)

そういえばストレスが多い現代人は、くよくよせずに明るく楽しく生きることが一番の長寿の秘訣だと教えられたことがあります。

「解体新書」や「蘭学事始」で有名な杉田玄白は85歳、「養生訓」の貝原益軒は85歳、「南総里見八犬伝」の滝沢馬琴は82歳、「富嶽三十六景」の葛西北斎は90歳と、大変な長命でありました。

この時代、圧倒的に乳幼児死亡率が高く(これは平均余命を下げる大きな原因)、人口がほぼ一定した江戸期の日本人の平均死亡年齢は男女とも27・8歳前後で、飢饉、疫病の流行期には17・8歳であったとの記録があります。以外にも江戸時代には80・90歳の高齢者も多くいたことも記録として残っています。安永5年(1776年)には江戸で100歳前後の高齢者が10人以上、寛政7年(1795年)の記録では越中富山の五箇の庄では100歳以上の老人が幾人か、80歳以下では夭折(ようせつ;若死)といわれていたとか。

古くから日本には年長者を敬うしきたりや敬老思想が根付いていますが、戦後の社会構造や家族形態の変化などからだんだんとこうした伝統が薄れてきてしまっているのはとても残念なことです。戦後66年が経ち、今日の私たちのまちや、市、県、そして日本の発展があるのは長年に亘るご長寿の皆さま方のご努力、忍耐があってのことと深く感謝をしますとともに敬意を表する次第です。ご長寿の皆様方にはこれからもますますお元気で溌剌とした日々を過ごされますようにご健康とご長寿をお祈りいたしております。私も皆様が安心して安全な生活を送れるようその他充実に全力を尽くしてまいります。

IMG_1256長寿を祝う会のようす

IMG_1248秋の涼風に揺れる稲穂

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